special interview
special interview - 石垣環(前編)
「Wizardry」シリーズ 45周年を記念し、本特設サイトでは、Wizardryに関わった著名人とコラボレーションした特別企画を掲載していきます。 今回は、90年代のコミカライズ版を執筆した漫画家・石垣環氏がインタビューに登場。 『ウィザードリィ』に関わることになったきっかけや、制作の裏側について語っていただきました。
──最初に、読者向けに軽く自己紹介をお願いします。
どうも、石垣環です。一応漫画家で、廃業はしてないんで、ずっと、ずーっと開店休業中です。まあ、昔、あの、『ウィザードリィ』の漫画を描いてました。
──ありがとうございます。石垣さんは、長いこと「あの人は今!?」みたいな枠でお名前のあがる漫画家さんでいらっしゃいましたが、最近になってファンコミュニティのインタビューに応じられたり、個展を開かれたりされるようになりましたね。
mixiで知り合った方から、旧Twitterに『ウィザードリィ』の愛好会みたいなのがあって、集まりがあるので来てほしいとお声がけいただいたのがきっかけでしたね。個展を開いたのも、ほとんどその方々が走り回ってくれたおかげでした
──その過程で、ドリコムさんが展開している作品も含めて、最近の『ウィザードリィ』の動向についても見たり聞いたりする機会が増えたと思います。どのような感想を抱かれましたか?
長く続くコンテンツは、大切にしなきゃいけないですからね。自分が直接言われたわけじゃないのですけど、昔、少年漫画の編集が、長く続けられるんだったら、もうできるだけ長く続けたほうがいいと話していたと聞いていました。『ウィザードリィ』もそんな風に続いてきて、それだけファンが多いのだなと。それと、ガッチガチにはめ込んだような世界観ではなく、かなり大雑把なので、そこに想像の余地があるんですよね。

──ではここで、最近の話からいったん昔の話に映らせていただきます。1984年に『週刊少年サンデー増刊号』で漫画家としてデビューされた後に、JICC出版局(編注:1993年より(株)宝島社に社名変更)の『ファミコン必勝本』関連の仕事をされるようになった経緯を教えてください。
ずっと少女漫画のアシスタントをやっていたのですけれど、プロダクションを閉めることになったのですね。1986年のことでした。それで、奥さん(編注:少女漫画家のみさきのあ氏)に、1年間世話にならせてくれと頼み込んだんです。奥さんの方が自分より稼いでいましたもので。1年間、とにかく空いた時間でプロット、ネーム、作画して作品を持ち込みなり投稿なりしようと思っていたんですよ。で、その翌日に、いつも行っているビデオレンタル店でアルバイト募集の張り紙があって、そのまま応募して3ヶ月くらい店員をやっていたら、今度は同じ経営者の雀荘が人手が足りないというので、そちらの店員になりました
──その間にも、絵の仕事をしようという意識はずっとあった?
そうですね。ただ、雑誌とか出版社も、今みたいに多くはなかったですしね。さて、どこにしようかと考えあぐねていました。同人誌を見た『少年マガジン』の編集者が声をかけてきたりもして。当時の同人誌ですから、奥付けに住所とか電話番号を書いちゃっていたので、直接電話がかかってきたんですよ
──同人活動をされていたんですね。
そうだな、大学2、3年の頃ですね。少女漫画のアシスタントをやってますと、結構みんなが同人誌をやってるんですよ。コミケにも、ガメラ(編注:当時晴海にあった東京国際見本市会場の国際館の通称“ガメラ館”のこと)の頃に2、3回行きました」そうこうしている間に、同人活動で知り合った『ファミコン必勝本』のライターさんから電話が来まして。カットの書き手が圧倒的に足りないということで、編集長から「きみ、同人誌やってたんだったら、誰か描ける人知らない?」と聞かれたんだそうです。それで、『サンデー』に載った作品とか同人誌を持って行って、「これくらい描けるんだったら」と採用されました
──いきなりゲーム雑誌で仕事をされるようになったわけですが、ゲームそのものはそれ以前から遊ばれていたのでしょうか?
ファミコンは持っていて、マリオやゼルダ、FFやなんかを普通に遊んでいました。ただ、きつい仕事でしたね
──どんな感じだったのでしょうか。
『必勝本』は隔週の雑誌でしたので、締め切りがギリギリっていうのもあったのですけど、全部カラーだったんですよ。それがきつくてきつくて。カラーって、手がかかるわりには原稿料は安いんですよ。モノクロとあんま変わらなかったりしますね。それでもまあ、いい原稿料ではあったんですけど。だいたい半年やったのかな
ふってわいた『ウィザードリィ』のコミカライズ
──時期的に考えますと、そのあとすぐ、『ウィザードリィ』のコミカライズ企画が始まったのでしょうか。
そうです。そろそろ自分の作品を描かないとまずいんで、雀荘の方はもともと5月に辞める予定でした。奥さんもちょうど妊娠していましたし、さてどこに原稿を持っていこうかなと考えながら、それでもどんどん来るカットの依頼をこなしていたら、3月だったかな。編集長の井上さんから「ちょっと編集部来れる?」と連絡がきた。そしたら、うちから今度、『ウィザードリィ』を全3冊描きおろしで出すんだけど、カット描けるなら、マンガ描けない? と言われまして。ちなみに、自分が漫画を描いているということは以前に伝えていたんですけど、編集長は全然覚えていなくて、「何でもっと早く言ってくれなかったんだ。マンガ家探すの大変なんだよ」って感じの反応でした(笑)
──いきなり描き下ろしで3冊というのは、当時としてもなかなか豪快な企画ですね。
まあ、お金も必要でしたし。ただ、時間がなかった。1巻の締め切りが7月末だと言われて、いや無理だよそれって(笑)。とにかく、原稿サイズはB4だとちょっと間に合わないからと、A4にしてもらいました。ゲームの方も慌ててプレイしましたよ。『ウィザードリィ』については、雀荘の同僚が面白いよと言っていたので知ってはいたのですけど、遊んではいませんでした。だから、仕事が決まってからもう連日、ぶっ通してやりました。それと、当時アスキーとかからいっぱい出ていた『ウィザードリィ』のガイドブックを片っ端から買い込んで、5月にプロットを出したわけです。それから下描きに入っていけても、それまで最大32ページにしか描いたことがない人間が、180ページなんていきなり描けるわけないんですよ、本当に。(笑)
ベニー松山氏に相談したこと
──コミックでは全巻を通して「協力」という形でライターのベニー松山さん(編注:ライター・作家。『ファミコン必勝本』はじめ、『ウィザードリィ』関連記事の制作に数多く携わり、『小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』『小説ウィザードリィII 風よ。龍に届いているか』等を執筆)がクレジットされていましたが、具体的にどういう点で協力してもらったのでしょうか?
ベニ松さんとは、呪文の名前のすり合わせをしましたね。漢字2文字の呪文名を統一しようということで。それと、これは外伝の話になるんですけれど、『ウィザードリィ』は最低何人のパーティでクリアできるだろうかと、相談させていただきました。やろうと思えば1人でもできるけど、まあ最低でも上級職4人いた方がいいかなということでしたので、それで外伝は4人パーティになったんです。何でそうしたのかというと、最初の3冊で、善悪それぞれ6人のパーティを描いたら、もう大変で、ぐちゃぐちゃになっちゃったんですね。コマの中に12人も描いていると、もうそれだけで1日潰れてしまうという感じで。もうダメだこれ、12人なんかとても描いてられねえやと。現実的に、どこまで減らすことができるかっていうのを相談したんです
──1作目の話で思い出しましたが、それだけ人数がいるのに、ノームのキャラクターはいても、ドワーフとホビットが出てこないのは、ご自身がゲームをプレイされた際のパーティ構成を反映したとか、そういう理由があるのでしょうか?
これは、自分の理解なんですけれど……まず、『ウィザードリィ』のエルフって、長寿とはいっても人間よりもほんのちょっと長生きする、そういう程度ですよね。だから自分は、エルフと言ってはいても、本当のエルフはもうあの世界にはいないんだと考えていました。少なくとも、自分の漫画の中では。ドワーフやホビットも人間と混ざり合っていて、特に明言してはいないのですけど、ちょっと背が低いのはホビットで、ゴツいのはドワーフの系統なんです
──なるほど、はっきり書いていないだけで、実はホビットもドワーフも出てきていたと。
そういうことになります
──せっかくですので、ここで数十年越しの答え合わせをしたいと思います。『鳳凰の塔』前編(編注:石垣氏による『ウィザードリィ外伝』第2部のタイトル)のあとがきで、結構有名な映画のシリーズを参考にしたと書かれていましたが、あの作品は……
『スター・ウォーズ』です。3部作ですし、ちょうど3つで割れますので、あれを下敷きにしてやろうとすぐに決めました。で、3冊分のプロットを富士通のワープロで打ち込んで……親指シフトで早かったので、あれを使っていたんです。今でもフロッピーディスクのどれかに入っていると思いますよ。データを吸い上げるのは、面倒くさくてやっていないんですけど。ともあれ、プロットはすぐOKが出ましたが、時間もなかったのですぐに下描きに入って、結局終わったのが9月でした。7月31日なんて、まあ無理ですよ。15日……20日だったかも。ちょうどその頃、奥さんが地元に帰って、そちらで出産したんですよ、長男を。だいたい9月の中頃に帰るからと言われていて、その頃にはさすがに終わっているだろうと思っていたけれど、終わっていなかった(笑)。もう、井上さんが直接やってきては、出来上がった分の原稿だけ持って帰るというのを何回も何回も繰り返してました。で、奥さんが帰ってきて、一緒についてきた奥さんのお母さんに長男を任せて、奥さんまでこき使ってようやく仕上がったわけです。アシスタントが少なくてね。ただ、プロットからは、だいぶん削ったんですよ。最初の3冊の時は、3分の1以上は削りました。特に3冊目なんかは、半分くらいしか描けなかった。絵コンテの段階で、無理、入らない、となって……最後はダイジェストみたいになってしまった。読者さん、ごめんなさい

最初、“リルガミン”は使えなかった
──ちなみに、一応原作ものであったわけですが、当時の国内販売元であったアスキーなりなんなりの権利元から、原作チェック的なことはなかったのでしょうか。
全然なかったみたいですよ。井上さんから話をいただいた時にも、SIR-TECH(編注:正式名称は「Sir-Tech Software, Inc」。『ウィザードリィ』の開発元である米国のソフトハウス)からは許可をもらっているから、だいたいのことは好きにしていいということだ。ただ、ひとつだけ制限がありました。トレボーが“リルガミン” (編注:シリーズ3作目『Wizardry III: Legacy of Llylgamyn』の舞台)と関係あるかどうか、原作ゲームで明言されていないので、リルガミンという言葉は、本編では出さないでくれと言われていました
──たしかに、石垣さんのコミックでリルガミンが出てくるのは、外伝からでしたね。となると、外伝の方でいきなり1000年前に時間が飛ぶのも、そのあたりの事情が?
はい、リルガミンを舞台に使えなかったからです。最初はまあ、全8回の予定だったんですけれどね。3巻目を描き終えて、1ヶ月経ったところで井上さんに呼ばれて、「漫画の枠とったから連載ね」とかいきなり言われました。まあ、毎回24ページで8回やれば、ちょうど1冊分の単行本になるっていうことで。井上さんからは「48ページまでいけるけど、どうする?」とか言われたのですけど、流石に隔週でそれは無理無理無理無理無理ですって。最初はね、海の洞窟の迷宮を考えていたんです。でも、波とか水を描くのが面倒くさくてやめまして、抜け出せない迷宮にしました。『ウィザードリィ』の時系列って、あまりはっきりしていないんですよね。トレボーの時代(編注:1作目『Wizardry: Proving Grounds of the Mad Overlord』)とか、ダイヤモンドの騎士の時代(編注:2作目『Wizardry II: The Knight of Diamonds』)とかが、具体的にどういう年代になっているのか。だからまあ、1000年も飛ばせば本編に影響しないだろうって、1000年にしたんです。その後また200年ぐらい飛ばされるわけですけど(笑)
──その時にも、権利元の方では特に問題もなく。
はい、その時もOK出たみたいでした。で、年末だったかな。8回目の原稿を渡して、その後は何も連絡がなかったので、だらーっと過ごしていたんですよ。そしたら、1月の5日か6日だったかな。仕事始めの日に井上さんから電話かかってきて「ネームできた?」とか言われまして。えっ、何の話です?(笑) いやもう本当に、第二部の話も何もない状態だったんです。かなりめちゃくちゃな勝手なことをやったから、人気もねえんだろうなと思っていて。まあしばらくはだらーっと過ごして、3ヶ月後になったら仕事再開して、どっかに持ち込もうと考えていたら、いきなりネームできたかですよ。いや、人気あるんだから、続き書くのは当たり前じゃんとか言われて。人気あるなんて聞いたことねえよ。(一同笑)

参考年譜
- 1985年11月 日本PC版『ウィザードリィ』発売開始。
- 1986年3月 月刊『ファミコン必勝本』創刊。(宝島社、JICC)
- 1986年9月 『ファミコン必勝本』隔週刊行に。
- 1987年12月 ファミコン版『ウィザードリィ』発売。
- 1988年2月 『ファミコン必勝本』Vol.5より『隣り合わせの灰と青春』連載開始。
- 1988年8月 田中成治『ウルティマ─エクソダスの恐怖』刊行。
- 1988年10月 石垣環『ウィザードリィ』第一巻発売。
- 1989年1月 『ウィザードリィ』第二巻発売。
- 1989年6月 『ウィザードリィ』第三巻発売。
- 1989年8月? 10月20月号より『ウィザードリィ外伝』連載開始。
- 1990年2月 『ウィザードリィ外伝』第一部・ギルの迷宮発売。
- 1990年8月 『ウィザードリィ外伝』第二部・鳳凰の塔前編発売。
- 1990年12月 『ファミコン必勝本』、『HiPPON SUPER!』にリニューアル。月刊化。
- 1991年2月 『ウィザードリィ外伝』第二部・鳳凰の塔後編発売。
- 1991年10月 『ウィザードリィ外伝』第三部・復讐鬼の城前編発売。
- 1992年5月 『ウィザードリィ外伝』第三部・復讐鬼の城中編発売。
- 1993年2月 『ウィザードリィ外伝』第三部・復讐鬼の城後編発売。