special interview ベニー松山 後編

special interview

special interview - ベニー松山(後編)

『ファミコン必勝本』の『ウィザードリィ』推し

──その年のうちには、その雑誌の『ウィザードリィ』番みたいな存在に……

あれはもう、割と強引にお仕事をいただいた感じでした。夏ぐらいだったと思いますが、基板剥き出しの、4階までしか行けないっていう開発中のテストROMがアスキーから回ってきて。じゃあ、ちょっと遊ばせてもらいますか。4階くらいまでだったら、まあ数時間もあれば……って、軽い気持ちで撮影室に籠もったわけです。で、出てきた時にはもう顔色を変えて、「このソフト、僕にやらせてくれませんか。これ全部わかるから」っていう(一同笑)

──『必勝本』は、ゲーム専門誌の中でも突出して『ウィザードリィ』推しでしたね。

後に小説の担当もしてくれた編集者の方も、大人向けの雰囲気がする『ウィザードリィ』にぐっと魅せられたところがあって、一緒にページを作っていこうという流れになったんです。「ウィザードリィ友の会」のコーナーは、もっぱらその方が

──『隣り合わせの灰と青春』の連載が始まったのは1988年でした。ゲーム雑誌でのノベライズ連載というのは当時は結構珍しい試みでしたよね。

最初は「あるある」をやるつもりだったんですよ。自分たちは強いと思っているパーティーが、GREATER DEMONにコテンパンにされて帰ってくる。「じゃあ、勝つためにはどうしたらいい?」「サムライじゃない?」というのが主人公の考えなんです。当時の僕自身が、サムライのキャラを作って、村正を手に入れるしかないよ、みたいな気持ちだったわけですよ。他には、イビルとグッドのキャラクターを同じパーティーに入れるためには、迷宮に入ってから合流しなきゃいけないとか。そういうのをやって、トントントンとダイジェストみたいに全5回で話が進んで、村正を途中で手に入れ、GREATER DEMONに雪辱を果たして帰ってくるっていう予定だった。だけど、なんか筆が乗って、連載3回目になってもまだダンジョンに入っていない(一同笑)。でも、末弥さんのイラストをうまいこと散りばめたビジュアル的な誌面にしてくれたこともあって、読者の感触がすごく良かった。それで、編集部も「5回と言わずもっと続けていいよ」という話になって、そのあたりでプロットを整理して、ちゃんとしたお話に組み直すことにした。そこで生えてきたのがイビルパーティーの存在で、それまでは影も形もなかった(笑)

世界観の掘り下げ

──記事や小説と並行して、『ウィザードリィのすべて』のような設定資料本も制作されていましたね。今ほどに西洋風ファンタジーの資料がない中で、苦労されたのでは。

アスキーから解説本も出ていましたけれど、そこから引っ張ってこようというつもりはあまりなくて。どちらかといえば、『指輪物語』みたいな方向に広げていけたらいいなと考えました。今もベントスタッフで一緒にやっている手塚一郎みたいな、詳しい人間も周囲にいて、書籍なんかも割と揃っていたので、そういう環境に助けられました。それでも、わからないものに関しては「こうだったら成立するんじゃないか」っていうのを想像で補って書いたのが『ウィザードリィのすべて』です

──その後のシリーズ展開に残したベニーさんの功績として、呪文の日本語名を固定化したというのが大きいと思います。あれはいつ頃考えられたものなのですか?

小説を書きながらですね。『ウィザードリィ』の呪文って、どんな効果があるのかとかが直感的にわからないじゃないですか。『ウィザードリィのすべて』を作ることになった時、ユーザーフレンドリーになるように、呪文一覧のページを作ることにしたんです。その時、単独攻撃、複数攻撃とか、その呪文の効果の系統で整理し直して。で、小説を書きながら、そこで作ったリストをある程度イメージして、日本語名をつけていったわけです。きっかけになったのは、たぶん『ドラゴンクエスト』ですね。メラ、ギラ、ヒャドと聞けば、どんな呪文なのかだいたいわかるっていう。それと、漢字にカタカナのルビを振るとかっこいいというのがあったと思う。翻訳小説であったんじゃなかったかな。そうでなくとも、たとえば「嵐を呼ぶ剣」と書いて「ストームブリンガー」ってルビを振ったらかっこいいじゃないですか。(編注:ストームブリンガーは『エルリック・サーガ』はじめムアコック作品に登場する魔剣。なお、同シリーズの邦訳では、「魔剣」に「ルーンブレイド」のルビが振られている)

コミック版へのかかわり

──そうして、『ファミコン必勝本』とその後継雑誌が、ファミコン版で広がった『ウィザードリィ』文化の中心地になっていったわけですね。

あの頃はまだ、『ウィザードリィ』を重く扱っているのは『必勝本』くらいで、こっちもさらにアドバンテージを取ってやろうという感じで、かなり力を入れました

──販売元のアスキーさんが、自前で『ウィザードリィ』のコミックを出したりされるのは、90年代になってからでしたしね。ベニーさんは、石垣環さんのコミック版でも協力クレジットで名前を出されていましたが、出版企画を初めて知った時はいかがでしたか?

『ウィザードリィ』で、そういうのがどんどん増えていくのはいいなと思いました。最初、編集部からは原作を担当するぐらいの話で来ていたんですよ。でも、石垣さんのネームを見たら、もう全然話ができあがっていて。それで、僕はちょっとした協力くらいでいいんじゃないの、っていう話になったんです

──石垣さんの方からは、外伝を始める時、パーティーの数を抑えたいので『ウィザードリィ』は最低何人でクリアできるかの助言を求めたとお聞きしました。その時はベニーさんから、「上位職が最低4人いればクリアできる」と伺ったと。

今日まで忘れていましたけど、なんかそんな話がありましたね。確かに、物語を構成する時、6人だとちょっと持て余すっていうのはあるんですよ。3人優秀なスペルユーザーがいれば……僕が上位職4人って答えたんだとしたら、それは実際プレイした時の経験に基づいていたんだと思います。ニンジャがいれば罠が外せるし、サムライとロードがいれば攻撃力は十分だし……村正があれば難敵もなんとかなって、ロードがいれば治療の補助ができる。後ろに鑑定役のビショップがいれば呪文も十分っていう話だったのかも

──コミック版で気に入っているシーンはありますか?

インパクトあるなあと思ったのが、最初のシリーズで、モンスターが地上で出てきた時ですね。MAELIFICがヤバい感じで。ビジュアルがすごくいいなあって

WIZ91のこと

──90年代に入りますと、アスキーも『月刊アスキーコミック』に『ウィザードリィ』のコミックを載せたりしはじめて、ベニーさんもゲームボーイ用の『ウィザードリィ・外伝II 古代皇帝の呪い』のシナリオをやられたり、そのスピンオフであるコミック『黄泉の覇王』の原作を担当されたりしています。そうした動きに先立ち、アスキーが1991年1月5日に『ウィザードリィ』10周年記念で九段会館(編注:かつて九段下に存在した施設で、かつてはイベントなど多岐にわたり使用された)で開いたイベントに、ベニーさんも強く関わられていたそうですね。

WIZ91ですね。懐かしいなあ

──あのイベントについては、インターネット上でも当時参加された方の証言があまりなくて、参加しなかった我々にとっては、謎のヴェールに包まれています。

アスキーの宣伝部の方から直接連絡があったんですよ。10周年なので、イベントを開きたい。九段会館を借りて、千人規模の客を集めて、目玉としてお芝居とかもやってみたいんだけど、どうかなっていう。いいですけど、芝居の脚本なんてやったことないですよっていう話になった時、ちょうどその頃、アスキーに大学時代に演劇をやってた人がいて、お芝居の脚本や演出をやれる人間を知っているというんですね。そうして紹介されたのが、古川日出男でした(編注:『ウィザードリィ外伝II 砂の王』で作家デビューし、未完に終わった同作を作中作とした『アラビアの夜の種族』で第55回日本推理作家協会賞・第23回日本SF大賞を受賞)。それで、僕が原案を作るから、それを古川さんの方で芝居の形に仕上げてもらうっていう形になりました

──当時の脚本などは残っていないのでしょうか。

引っ越しを繰り返しているから、紙としては残っていないんじゃないかな。結構お金がかかったと思いますよ。2メートルくらいの大きさのGREATER DEMON像も作って、最後の最後にそれがドーンと出てきて、パーティーが「あ〜っ!」てなる演出をやりました。役者のオーディションをちゃんとやったし、アクションの指導をしてくれる人も呼んで……その人たちには、敵ニンジャ役も担当してもらいました。役者の中にも面白い人がいてね。当時まだ駆け出しの声優だったうえだ ゆうじさんとか。あと、のちに『仮面ライダーカブト』にレギュラー出演していた女優の西牟田恵さんが、女ニンジャ役で出ていました

──イベント自体はどういう構成だったのでしょうか。

お芝居は目玉企画かつオープニングの出し物で、そのあとにトークショーとか、弦楽四重奏のミニコンサートとか。それと、圓丈師匠(編注:落語家の三遊亭圓丈(初代、故人)。熱心なゲーマーで、パソコン誌複数で連載があったほか、ゲームデザインにも携わった)の迷宮落語もあった。当時開発中だったゲームボーイ版の『ウィザードリィ外伝』と、スーパーファミコン版の『ウィザードリィV』の発表もありました。そしてエンディングは、同じ年に発売されたOVAの主題歌『Distance』を、笠原弘子さんご本人が生歌唱で披露してくれました

──お客さんは何人くらい?

応募者の中から1500人を無料招待して、12時開始と15時30分開始の2回回し。関係者の招待を含めると合計2000人くらいだったかな。結構規模の大きいイベントでした。だから、お芝居の練習も、かなり時間をかけました。最初のうちはどこかのスタジオを借りたのだけど、仕上がってくると広い場所が必要になって……小田急線の黒川駅の近くに、川崎市が推進していたマイコンシティっていうのがあって、今で言うIT企業を誘致していたんです。アスキーのビルもあって、その中にでっかいスペースがあるというので、そこに通って練習したりもしました

──お芝居の内容は?

普通に迷宮を冒険する話なんですけど、途中で僕とアスキーの宣伝部で『ウィザードリィ』広報に携わっていた須田PINが、レイヤーがちょっと上の存在として出てきて「皆さん、ここまでの展開どうでしょう。どちらをお選びになりますか」と問いかけるみたいなのをやったんですよ。拍手の量で、「じゃあこちらを選んだようですね」と、シナリオを分岐させる。そういうのを2箇所作りました。もっとも、完全に話が変わっちゃうわけではなくて、いったん分岐して、また本筋に戻るみたいなやり方で

──午前午後の2回だけとなると、せっかく練習したのに見せられなかったシーンもあったのでは?

そこは、質問する側の僕たちがちょっと工夫をしまして。これって絶対、後から聞いたやつの方が拍手が大きくなるんだよなって、1回目と2回目の公演で質問の順番を変えたりして、自分たちが見せたい方に誘導しました(笑)

「やってよかった」に繋がること

──呪文の日本語名などは、その後の関連作品でも踏襲されました。そうしたことをご覧になってきて、どう思われましたか?

これは自分の影響だとか、そういうことはあまり意識しないんですよ。僕自身がやっぱり、『ウィザードリィ』も含めてこれまで見てきたもの、体験したものが何かを創っていく時の核になっていると思うんで。影響を与えることができているんだとしたら、そういうのがいいサイクルで繋がっていくといいなというのが、僕の考えですね

──ロバートさんも、自分の『ウィザードリィ』というのは、綿々と続いてきた文化の鎖のひとつなんだと仰っておられましたね。

まさにその通りで、ゲームをやったこと、本を読んだこと、そういうことが全部、いい感じで未来の「やってよかった」に繋がっていくといいなっていう感じですね

45周年を迎えて

──最後に、45周年を迎えた『ウィザードリィ』について、作品とファンの皆さんへのメッセージをお願いします。

僕が小説を書いた時、最初に念頭にあったのは、「みんなもそうだよね?」だったんですよ。それと、みんなもこの小説みたいなのを書きたくてうずうずしているはずだと思いながら、当時書いていたんです。そこで共感してくれて、後々までずっと読んでくれる人たちも出てきました。あの当時、『ウィザードリィ』を面白いと共感していた人たちは、ここから45年経った今も、きっとまだ『ウィザードリィ』のことが好きに違いないと思っています。それに応えられる展開がドリコムさんからも出てきて、また一緒に楽しみたいなと僕は思っています。そこからさらにぐるっと巡って、また僕からも何か出てくるかもしれないなっていう

──今日は、興味深い話をありがとうございました。

参考年譜

  • 1976年10月 『I/O』創刊。(工学社)
  • 1981年11月 NEC PC-6001発売。
  • 1982年6月 『マイコンBASICマガジン』創刊。(電波新聞社)
  • 1984年4月 Apple IIc日米で同時期に発売。
  • 1985年11月 日本PC版『ウィザードリィ』発売開始。
  • 1986年3月 月刊『ファミコン必勝本』創刊。(宝島社、JICC)
  • 1986年9月 『ファミコン必勝本』隔週刊行に。
  • 1987年10月 『チャレンジパソコンAVG&RPGIII』(電波新聞社)
  • 1987年12月 ファミコン版『ウィザードリィ』発売。
  • 1988年2月 『ファミコン必勝本』Vol.5より『隣り合わせの灰と青春』連載開始。
  • 1988年10月 石垣環『ウィザードリィ』第一巻発売。
  • 1988年11月 『小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』発売。
  • 1989年8月 『ウィザードリィのすべて』発売。

ベニー松山(べにー・まつやま)

(株)/スタジオベントスタッフ所属のライター。大学時代より、『マイコンBASICマガジン』(電波新聞社、TOMMY名義)、『ファミコン必勝本』(JICC出版局)などの雑誌記事や攻略本の制作に携わり、特に『ウィザードリィ』の関連記事を数多く手掛け、ファンの拡大に尽力した。『ファミコン必勝本』に連載した小説『隣り合わせの灰と青春』とその続編『風よ。龍に届いているか』はゲームノベライズの古典として高い評価を受け、『ウィザードリィ・外伝II 古代皇帝の呪い』以降はシナリオライターとしても活躍している。

取材・文:森瀬繚

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